天才

今日は天才に会った。10年近く、ずっと会いたかった天才である。彼女は小学校の同級生だ。今まで出会った人々の中で、僕が最も再会を望み、僕が最も再会を拒み、僕にとっての「才能」というものの考え方に最も影響を与えた天才である。最後に会ったのは中学3年生の時だ。同じ高校のオープンスクールに参加する予定だった僕たちは、汽車の中でバッタリ会った。僕はその高校に進学し、彼女はしなかった。 彼女の天才性について、いつも僕が思い出すのは『ごんぎつね』の授業である。授業の最終回で、「『ごんぎつね』のラストの続きを書く」という課題があった。みんなが独自に結びを考えて発表し、互いに評価し合い、最終的に最も評価が高かったのが僕と彼女の二作だった。僕は兵十の懸命の処置により一命を取り留めたごんが、兵十と仲良く暮らすというラストを書いた。彼女はごんが死んでしまったその後を書いた。(追記:彼女はこのエピソードを全然覚えていなかったのだが、後にこんなメッセージが来た。原文ママ。

ごんぎつねのラストってさ(ずっと考えてたんだけど)、
なんか、ごんの死を悲しんだ兵十が、ごんのことを思って(忘れないために)本を書いたって終わり方じゃなかったっけ
「その本こそ、今皆さんが読んでいるこの本なのです」的な終わり方にしたかなーって思い出したような…そうでもないような…笑
あってるかな??なんか、子供の私が思いつくならそんな感じかなと😥

思い出した…。合ってます…。天才か…。)その内容を聞いて僕は完全に負けたと思った。空想・自分で物語を考えることが好きだった僕は、心の底から悔しく思った。なにより悔しかったのは、自分より圧倒的に優れた文章を書いた彼女と自分が同じ評価を受けたことである。
彼女は音楽や美術においても、明らかに僕より才能を発揮していた。僕は対抗心を燃やして頑張り、いつも彼女は屈託のない目で、心の底から僕を褒めてくれ、それがいっそう僕を悔しい思いにさせた。絶対に負けているのに。自分が本当に好きな分野において彼女に勝てない僕は、テストで測られる単純な学力ー自分が勝てる力を振りかざすしかなかった。そうして僕は今いるところまで来た。世間一般には華々しいといわれる人生を送ってこられた。対して彼女の人生は順風満帆ではない。中学で彼女が不登校になった噂を聞いた。彼女が、彼女の学力の割にレベルの低い高校に通っていることを聞いた。彼女が社会人になり、鬱になって退職した話を聞いた。自分の人生がうまくいき、そして彼女ーほんものの天才の人生がうまくいかないほどに、僕の彼女に対する憧憬・羨望・嫉妬・コンプレックスの混ざり合った愛情は大きくなっていた。
3年前に彼女のInstagramアカウントを知り、やりとりが再開した。その時には、会いたい気持ちも会いたくない気持ちも肥大しすぎていた。彼女が天才でなくなっていたら、切なすぎる。このようながっかりする気持ちは、ものすごくわがままなものだとわかってはいるのだけれど、自分が最も味わいたくない感情なのだ。ずっとこの気持ちに折り合いをつけられずにいたが、某Jackyさんの後押しもあり、今回会う約束を取り付けられた。
約10年ぶりに会う彼女は本当に変わっていなかった。お互いに、今までの人生のあらましを詳しく語った。人生で様々な浮き沈みはあったものの、彼女が今幸せに生きていることと、昔と変わらない目をしていたことが嬉しかったが、自分の彼女に対する気持ちはなかなか伝えられなかった。コメダ珈琲でサンドイッチを早々に平らげ、そこから2時間近く話して、漸く本意を伝えることができた。僕は彼女に、児童文学作家あるいは絵本作家になっていてほしい願望があったのだが、そうなってはいなかった。彼女は結婚していた。地元の企業で上司に見初められて寿退社したそうだ。しかし彼女自身、絵本を作りたい気持ちはあるらしく、絵もしばしば描いているとのこと。その夢は半分諦めていたが、今日の再会を機にまた頑張ってくれるそうだ。描いている絵も見せてくれたし、どういう物語を考えるのが好きか語ってくれた。そして当時、彼女自身は、僕には勝てないと思っていたことを伝えられた。実は汽車で会う前に中学の時に一度すれ違っていたらしい。その時の僕がかなりそっけなかったらしく、向こうは僕が変わってしまったと、そして二度と会わないだろうと思っていたらしい。僕が変わっていなくて良かったと屈託のない笑顔で言われた。10年ぶりに新鮮に悔しい。それがなにより嬉しい。帰り、僕は少し泣いた。
考えてみれば単純に彼女のことがずっと好きだったんだろうな。彼女はお互いにもっと早く再会できていればと言ってくれたが、今日会ったことが一番良かったと、双方が思えるように頑張りたい。今日は天才に会った。